乳牛の暑熱ストレス対策|THI(温度・湿度)管理と牛舎環境改善ガイド

酪農

乳牛は、適温域(約4~24℃)を超える高温多湿な環境下で、飼料摂取量の低下、乳量減少、繁殖機能の低下などの深刻な影響を受け、結果として酪農経営に大きな経済的損失をもたらします。地球温暖化に伴う猛暑日増加の中、牛舎内の温度・湿度管理や適切な換気、送風がますます重要となっています。本記事では、乳牛の暑熱ストレス対策に関する最新の知見と実践的な方法を、具体例を交えながら詳しく解説します。


乳牛の暑熱ストレスが引き起こす問題

生理学的反応と症状

乳牛は、ルーメン発酵や消化過程で発生する熱を、主に蒸散冷却(呼吸や皮膚からの放熱)で調整しています。しかし、環境温度や湿度が上昇すると、以下の問題が発生します。

  • 飼料摂取量の低下
    高温下では摂食行動が抑制され、栄養不足や免疫力低下を招く
  • 乳量および乳質の低下
    温湿度指数(THI)が68~72を超えると乳量の減少、72以上では繁殖機能にも悪影響が出る
  • 繁殖機能の低下
    発情行動の抑制やホルモンバランスの乱れにより、受胎率が低下。

経済的影響と現場の実情

乳牛の健康が損なわれると、搾乳量の減少だけでなく、次世代の繁殖力にも影響します。現場では、猛暑日数の増加や熱射病の発生が顕著になっており、早急な対策が求められています。対策の実施は収益向上に直結するため、酪農経営者にとって最優先の課題となっています。


温湿度指数(THI)と体感温度の評価方法

温湿度指数(THI)の算出とその意義

乳牛が感じる暑さを数値化する指標として、**温湿度指数(THI)**が用いられます。代表的なTHI算出式は以下の通りです。

THI = (1.8×環境温度 + 32) − (0.55 − 0.0055×相対湿度) × (1.8×環境温度 − 26)
(参考:Karimi et al., 2015)

また、次の式も広く利用されています。

THI = 0.8×乾球温度 + 0.01×相対湿度×(乾球温度 − 14.4) + 46.4

これにより、THIが68〜72の範囲になると乳量の低下が始まり、72以上では繁殖や乳質に影響が出ることが明らかになっています。牛舎内に設置する環境計測機器でリアルタイムにTHIをモニタリングし、早期対策を講じることが重要です。

体感温度と風速の関係

実際の気温だけでなく、体感温度も乳牛の暑熱ストレスに影響します。風が当たることで、皮膚表面の熱が効率的に放散され、実際の温度より低く感じさせる効果があります。体感温度は以下の式で概算できます。

体感温度(℃) = 気温(℃) − 6 × √(風速(m/s))

例えば、牛舎内の気温が30.6℃で秒速2mの風が送られる場合、
計算例:30.6 − 6×√2 ≒ 22.1℃
となり、乳牛は実際の温度よりも約8℃低く感じ、暑熱ストレスが大幅に軽減されます


牛舎環境改善の具体的対策

牛舎内の環境改善は、複数の要素から成り立ちます。ここでは、換気・送風、日射対策、水分補給など、現場で実践できる具体策を詳しく紹介します。

換気と送風の効果的な運用

自然換気のポイント

  • 原理と設計
    牛舎の建物構造を工夫し、風が自然に流れる設計にすることで、新鮮な外気を取り入れ、温かい空気を効果的に排出します。
  • 実施例
    牛舎のリッジ部分や側面の開放、カーテンを用いた風圧調整などが挙げられます。

強制換気(送風)のメリット

  • 送風の効果
    送風機を牛体近くに設置することで、体感温度を大幅に低下させ、乳量や繁殖機能の維持に寄与します。
  • システム例
    • トンネル換気システム:牛舎の入口と出口に送風・排気ファンを設置し、均一な空気循環を実現。
    • 横断型換気(クロスベンチレーション):側面にファンを配置し、牛体に直接風を送る設計。

設置時の注意点

風速や風向、牛舎内のレイアウトに合わせた最適な配置を行い、送風効果を最大化することが必要です。換気システムとの連動も考慮しましょう。

日射対策と牛舎設計の工夫

直射日光は牛舎内温度の上昇の主要因です。以下の対策を実施することで、日射による熱負荷を大幅に軽減できます。

  • 遮光対策
    屋根や側面に遮光ネット、遮光フィルム、寒冷紗、またはアルミ蒸着シートを採用し、直射日光の侵入を防ぎます。
  • 屋根散水・断熱対策
    屋根の温度上昇を抑制するため、定期的な散水、断熱材の導入、反射率の高い塗装が有効です。
  • 牛舎周囲の緑化
    周囲の舗装面を減らし、樹木や草地を配置することで、周辺の温度上昇を抑え、自然冷却効果を高めます。

水分補給と設備管理の徹底

乳牛は搾乳により大量の水分を失います。水分補給は健康管理の要であり、牛舎設計の一環としても重視されます。

  • 水分損失の実態
    乳量33kgの乳牛では、搾乳時に約29kgの水分損失が生じ、総水分摂取量の約30%を占めるとされています。
  • 推奨される飲水量の計算飲水量 = 15.99 + 1.58×乾物摂取量(kg/日) + 0.90×乳量(kg/日) + 0.05×ナトリウム取量(g/日) + 1.20×最低気温(℃)
  • 給水設備の整備
    牛がストレスなくアクセスできるよう、ウォーターカップの配置や給水槽の大きさ、通路幅を最適化し、常に十分な水分が供給される環境を作ります。

各世代別の暑熱対策のポイント

乳牛全体の生産性向上を図るため、各世代ごとに適した暑熱対策を実施することが重要です。

泌乳牛への対策

  • 直接送風で体感温度を低下
    送風機を乳牛に近い位置に設置し、均一な風を当てることで、体感温度が低下し、摂食量や受胎率の維持に効果があります。
  • ヒートストレスメーターの導入
    温度、湿度、THIを色分け表示できる計測機器を活用し、異常値が検出された際には速やかに対策を講じられる体制を整えます。

哺乳子牛への対策

  • 成長促進のための環境整備
    哺乳子牛は体温調節機能が未発達なため、送風による体感温度の低下で呼吸数や体温の安定を図り、健全な発育を促進します。
  • 安全な給餌環境の確保
    給餌エリアの温度・湿度管理と、風の調整により、子牛が十分な栄養を摂取できる環境を提供します。

乾乳牛への対策

  • 乾乳期の環境管理の重要性
    乾乳牛は、暑熱ストレスによる乾物摂取量の低下やホルモンバランスの乱れが、分娩後の乳生産に影響を及ぼします。適切な換気・送風、さらには短日管理との組み合わせが求められます。
  • ホルモンバランスの安定化
    送風による体感温度の低下は、プロラクチンやメラトニンの分泌調整にも寄与し、分娩後の乳量維持にプラスとなります。

まとめ:乳牛の暑熱ストレス対策で収益向上を実現

乳牛の健康と生産性を守るためには、牛舎内の温度・湿度管理、THIモニタリング、そして換気・送風・日射対策など、多角的な対策の実施が不可欠です。各対策を組み合わせ、さらに乳牛、哺乳子牛、乾乳牛それぞれに適した管理を行うことで、暑熱ストレスの影響を最小限に抑え、結果として酪農経営の収益向上につなげることができます。

  • 温度・湿度管理:最新の計測機器でTHIを常時監視し、基準値を超えた場合には即時対策を実施。
  • 換気・送風対策:自然換気と強制換気を効果的に組み合わせ、牛舎内全体で均一な風の流れを確保。
  • 日射・設備対策:遮光材、屋根散水、断熱、緑化などで外部からの熱侵入を防止。
  • 水分補給管理:牛がストレスなく飲水できる環境を整備し、給水量を正確に管理。

これらの施策を総合的に取り入れることで、乳牛の暑熱ストレスを軽減し、健全な牛舎環境を実現することができます。今後も最新の研究成果と現場の実績をもとに、継続的な環境改善に努めましょう。

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この記事を書いた人

神奈川県横浜市の非農家に生まれる。実家では犬を飼っており、犬部のある神奈川県立相原高校畜産科学科に進学。同級生に牛部に誘われ、畜産部牛プロジェクトに入部。牛と出会う。

大学は北海道の酪農学園大学に進学。サークルの乳牛研究会にて会長を務める。

今年で酪農歴10年!現在は関西の牧場にて乳肉兼業農場の農場長として働いています。

毎日牛乳1L飲んでます!

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